行政・自治体におけるポストデジタル時代の方向性
産業、ビジネスで日夜話題となっているDX(デジタルトランスフォーメーション)が、行政・自治体などの公共機関にまで輪を広げています。2021年9月に設置されたデジタル庁やマイナンバーカード普及促進、地方自治体による行政手続きのオンライン化など国を挙げたプロジェクトとして今、“行政DX”が叫ばれています。
今回は“行政DX”をテーマに、その定義と課題点、国内の事例などをCTIAの視点からご紹介します。
DXの定義と日本が抱える『2025年の崖』問題
本来、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」というワードは、以下のように定義されています。
“企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること”
言い換えれば、「IT・デジタル技術を活用して、ビジネスモデルや組織自体を変革すること」を指します。DXという概念自体は、スウェーデン大学教授が発表した論文から提唱されており、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」と広義の意味として定義されています。
今回のテーマである行政DXは、地域社会に対する広義のDXを意味する部分に近く、自治体DXとも呼ばれます。
また、国内の産業界を中心にDXが叫ばれはじめたのは、2018年経済産業省が発表した「DXレポート」の中で『2025年の崖』が提唱されたことがきっかけです。同レポートでは企業内で使われる既存システムが複雑化・ブラックボックス化してしまうことがDX推進の妨げになり、その維持費や各業界の機会損失によって2025年以降年間で最大12兆円もの経済損失が起きる可能性があると発表されています。
ビジネスの世界において、IT・デジタル技術にかかる維持運用コストの増加と横断的なデータ活用ができない状況が2025年の崖の原因の一つとされています。
産業から行政へ、地方自治体の危機を乗り越えるためのDX
DXとは国内産業での喫緊の問題から提唱されたワードですが、現在は産業界から行政、地域社会が抱える課題解決のための包括的なDXまで広がっています。
2014年日本創成会議のデータによると、人口流出・少子化が進み、存続できなくなるおそれがある消滅可能性都市(2010年から2040年にかけて、20~39歳の若年女性人口が5割以下に減少する自治体・市区町村)は、全国の市区町村1,799のうち、全体の約半数を占める896が該当すると推計されています。
また、2020年総務省の発表では、自治体職員数が過去25年間で約55万人減少したという指摘もあり、これは少子高齢化による人口減少が引き起こすであろう国内行政の課題と言えます。
さらに、人口減少に比例して危惧されるのが、都市部への労働力流出による地域経済の縮小です。日本をはじめ都市一極集中が進む先進国では、地方経済を支える若者が減り、労働機会も低下し、税収不足による行政サービスの質もさがるなど、地方経済の悪循環が起こります。
このような地方行政の一丁目一番地とも言える重要課題を受けて、日本政府もふるさと納税などの政策実施に加えて、『誰一人取り残さない、人にやさしいデジタル化』と題して、地方行政の効率化を底上げするためデジタル社会の実現を提唱しています。
特に2017年5月のデジタルガバメント推進方針の策定を契機として、国・地方のデジタル化指針を盛り込んだデジタル社会への抜本的な改革を提言しました。
昨今の新型コロナウイルス感染防止による大きな社会変化も考慮しながら、テレワーク推奨や行政機関内での脱ハンコ推進、マイナンバーカード活用による行政手続きのオンライン化、2021年9月に新設されたデジタル庁など、行政・自治体の本格的なデジタル活用を推し進めています。
ただ、政策実施とは裏腹に地方行政のDXの8割が未着手であるという調査報告もあります。民間企業に比べてDXの成熟度が低いことが指摘されており、今後も戦略的かつ実用的な行政DXのユースケースが必要です。
行政DXの要、マイナンバーカードとデジタル通貨
行政DXの典型例と言えるのがマイナンバーカードと昨今話題になっているデジタル通貨です。
マイナンバーカードは、本人の申請により交付され、住民基本台帳で使用されるマイナンバーが記載されたICカードであり、様々な行政サービスを受けることが可能です。個人番号を証明する書類や本人確認の際の公的な本人確認書類としても利用でき、役所での手続きや業務の手間を省くことができる、まさに国民の暮らしをスマートにしてくれる一枚です。2016年1月に交付が開始してから5年の間で、コンビニ・公共施設での利用や健康保険証との連携、マイナポイント制度での活用など利便性向上のためのサービスが拡大しています。
そして、もう一つがデジタル通貨です。感染症拡大防止による経済活動の縮小で、地方自治体から紙で配られる地域振興券や子育て支援クーポンなどの事例が急増しました。昨年政府が打ち出した18歳以下への10万円相当の支給についても、クーポンによる発行が検討されています。
しかし、この紙のクーポンは企業や店舗、自治体側までもが扱いづらいのが問題視されています。企業からクーポンなどをまとめて自治体に請求するには手間がかかり、入金までにも時間がかかります。さらに自治体側の事務費も巨額になってしまいます。この問題解決に向けて白羽の矢が立ったのがデジタル通貨です。
2022年3月末に福島県会津若松市と宮城県気仙沼市で実証実験が行われる予定で、この実験は子育て世帯向けの給付金にデジタル通貨を活用することを想定しています。対象住民は専用アプリをダウンロードして申請すると、デジタル通貨の即時受け取りが可能です。紙のクーポン券に比べても、迅速に給付できる点や事務費の削減にもなると期待されています。
また、実験時のデジタル通貨は民間主導で開発が進められている「DCJPY」が使用され、発行主体の銀行から最小単位を1円として現金と同じ価値での提供を想定しています。
現場の効用とセキュアな利用、官民連携を行政DXのアクセルに
デジタル技術を活用した行政DXをするうえで重要なのは、セキュリティへのリスク対策と実用性の2点です。
いくら便利な技術を導入しても使える店舗やサービスが少なくては、実用性に欠けます。そのうえ、管理側の自治体職員の体制に合うICT(情報通信技術)の導入ができなければ業務改善につながりません。地域住民、自治体、参画企業などステークホルダーの間で広く利用され、業務や生活が改善されることこそが行政DXの本質です。UI・UXに配慮したサービスや満足できる水準で使える店舗、場所がわかるなども効用を上げるための要素です。
また、ハッキングやなりすまし被害防止のためのセキュリティ対策も必要です。実際に政府が運営するマイナポータルでは、リスク軽減のためのシステム構築に努めており、悪用時の罰則強化や情報分散管理の実施、アクセス制御、通信暗号化などのリスク対策を行っています。デジタル通貨を運用するにおいても、悪意のあるサーバー攻撃やアカウント乗っ取りなどは考えうるリスクです。
このリスクヘッジには行政機関だけでなく民間企業の協力のもと、官民連携で課題解決にあたることが不可欠です。総務省によると特別区・市のマイナンバーカード交付率上位の自治体に共通しているのが「デジタル推進」「産官学連携」に力を入れている点です。先のデジタル通貨の実証実験や総務省の報告内容からも、行政DXを加速させるカギがこの官民連携であると推測できます。全国に先駆けて行政DXを推進していることが分かります。
このように、官民連携を足掛かりに、地方自治体での設備投資や業務改善、行政業務専用ソフト開発などの需要が増え、行政力の向上を目指す事例が今後増加することが予想されます。より良い地域づくりをDXの観点からサポートし、行政組織や地域産業に根差した新しい価値提供を担う企業が今後必要です。
今回は行政や自治体を取り巻くDXをテーマに解説しましたが、CTIAは産業、エネルギー、自治体・行政のDXコンサルティングを手掛けており、産官学連携やオープンイノベーションによる事業創出を行っています。
自治体・行政DXにご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。
Writer:T.OGASAHARA